dライフ こぼれ話
映画の中の糖尿病(2)
マグノリアの花たち
マグノリアの花たち [Steel Magnolias, 1989]
映画史上で最も有名な"低血糖"のシーンは、この「マグノリアの花たち」でジュリア・ロバーツが演じたものでしょう。結婚式を直前にした1型糖尿病のシェルビー(ジュリア・ロバーツ)が美容院で激しい低血糖症状を起します。母親のマリン(サリー・フィールド)が差し出すオレンジジュースを払いのけ、目が据わって、玉の汗を唇のまわりに浮べる情景は迫力がありました。
この映画を観た多くの1型の人達はオーバーな演技だと思うようです。キャリアの長い1型の人は1~2度は介護が必要な低血糖を起したことがあるでしょうが、自覚できる低血糖は日常茶飯事ですから、この映画を観た友人から「いつかはあなたもこうなるのね!」なんて言われると内心穏やかではありません。
この辺りが糖尿病と映画の難しい関係です。めったにない出来事をスターが再現することによって、型にはまった考え方を一般の人に植えつけてしまうのです。
でも、このシーンはフィクションではありません。
「マグノリアの花たち」は原作者のロバート・ハーリングが、1985年の10月に糖尿病合併症で妹のスーザン(当時32歳)を亡くした実体験をもとにして書いた、ブロードウェイの演劇を映画化したものです。母と妹、そして友人達の悲喜こもごもの人生です。
1型の花嫁シェルビーは医師から出産だけは諦めるように言われていましたが、クリスマスの夜に母親に妊娠を告げます。母の懸念を押し切って可愛い男の子を抱き上げるのですが、やがて腎臓の合併症を起して母親から腎臓の提供を受けて移植することになります。
しかし、結局は手遅れで生命維持装置を止める事態になるのですが、最後の瞬間まで手を握っていたのは母親だけで、父親と夫は耐えきれずに病室を出てしまいました。
ウィザー・ボードロ(シャリー・マクレーン)などの4人の親友に励まされて母親が悲しみから立ち直っていくのですが、その優しくてタフなアメリカ南部の女性たちを州花"マグノリア"に例えて、鋼(はがね)のように粘り強いマグノリアたち(Steel Magnolias)としたのが映画の原題です。
マグノリアはモクレンの仲間で、映画の冒頭に艶やかな花を映し出します。マグノリアはミシシッピー州とお隣りのルイジアナ州の「州花」です。原作者の故郷、ルイジアナ州のナッチトッチズで撮影が行われ、劇中に登場する自分の役を演じた人たちもいるそうです。
例えば実際に妹のスーザン・ハーリングの治療に当たった医師・ナース・病院スタッフが映画の同じシーンに登場してます。
この映画でジュリア・ロバーツはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、彼女の出世作となりました。ビッグスターになった「プリティ ウーマン」は次の年の作品です。
ところで、モデルになったスーザンが亡くなった1985年はどんな時代だったのでしょうか。自己血糖測定が実現したのは、アメリカでもやっと1980年代の始めです。
ノボ ノルディスクが「ブタ・インスリン」を酵素法でヒューマンに作り換えたのが1982年、初めてのヒューマン・インスリン「Humulin」がイーライ・リリーから発売されたのが1983年、ノボ ノルディスクのインスリンペン(カートリッジ式)がデビューしたのが1985年です。やはり2世代前ですね。それ以前の1型のコントロールは本当に難しかったことでしょう。
1型のタイトコントロールがいかに必要かを立証したDCCTの発表が1993年、インスリンと炭水化物をバランスさせる精度の高いカーブカウンティングが普及したのが1995年頃ですから、スーザンの時代の出産がとても困難であったことは理解できます。
1999年に1型でありながらミス・アメリカになったニコル・ジョンソン(現ベーカー)は、実は発病前にこの映画を観ていたのです。
だから、出産なんて夢物語だったのですが、家族の支えと医療の進歩で無事女の子の母親になることができました。その愛娘はエヴァ・グレース・ベーカー(Ava Grace Baker)、可愛いエヴァちゃんです。
ついでながら、ニコルさんとボクのツーショットが当サイトの自己紹介にありますよ。
河合勝幸 [KAWAI Katsuyuki 2007/03/11]
