糖尿病ソリューション
糖尿病は人生の”トラブル”です。正しい知識で問題解決(ソリューション)を。一つの病名のもとで、各自別々の問題を抱えているのです。
ピマ インディアンの味方です
[The Pima Indians]
ピマ インディアンをご存知ですか?40歳以上の3人に2人は2型糖尿病になっているという、世界で一番糖尿病罹病率が高いアメリカ先住民の一部族です。今でもメキシコ国境に近いアリゾナ州フェニックスのヒーラ河沿いの荒地に住んでいます。
近隣にかの有名な"アパッチ族"のテリトリーがあって、ピマは散々アパッチにひどい目にあった記録が残っています。そのせいでしょうか、1886年に合衆国騎兵隊と一緒にアパッチの酋長"ジェロニモ"討伐に参加しています。映画の西部劇の世界は、わずか120年前のことなのですね。
なぜピマはこんなにも2型糖尿病になるのでしょうか。実は昔からそうだった訳ではありません。1940年にエリオット・P・ジョスリン("糖尿病臨床の父"とたたえられた医師)がピマを調査した記録が残っています。それによるとピマの糖尿病罹病率は特に高くなく、一般の国民と同レベルでした。ピマの糖尿病は20世紀の半ば、第2次世界大戦以降に激増したのです。
ピマ(Pima)という名は17世紀にこの地に入ったスペイン人が付けたもので、彼等自身はO'OB(オーオブ、"人"あるいは"村"の意)と称しています。元々は現在のアメリカとメキシコにまたがるソノラ砂漠に広く住んでいたのですが、アパッチや白人入植者、鉱夫、ならず者達に追われて、片やアリゾナ砂漠のヒーラ河近辺と、こなたはメキシコのシエラ・マドレ山の脈奥地のMaycaba辺りに分かれて生活するようになりました。
ピマの共通の言語「O,ob No,oki」を通じてアリゾナ・ピマとメキシカン・ピマはつながっていますが、遺伝的にどれだけ近いかは確かめられていません。
しかし、肥満体のアリゾナ・ピマの成人の半分以上が2型糖尿病なのに対し、伝統的な生活を守ってきたメキシカン・ピマの糖尿病罹病率は一般のメキシコ人と相違がありません。
ところが痩せているメキシカン・ピマにもインスリン抵抗性が明らかに見られるのです。
これは何かがありそうですね。
アリゾナ・ピマに2型糖尿病がとても多いことは偶然に発見されました。世界最大の医学シンクタンク、NIH(米)国立保健研究所の一部門にNIDDK(米)国立・糖尿病・消化器・腎臓病研究所があって、現在もここがピマの糖尿病を研究しているのですが、昔はNIADDKと称して関節炎(Arthritis)も担当していました。
1963年にこのNIADDKが"関節リウマチ"の調査のためにアリゾナ・ピマとモンタナのBlackfeetの2部族を選びました。ピマの糖尿病罹病率の高さを発見したのはこの関節リウマチの研究チームだったのです。
そこでリウマチの話題は消えてしまって、1965年にピマ居住地の近くのフェニックス(アリゾナ)NIHの支所を設立して糖尿病の研究を始め、今日に至っています。
ピマの糖尿病研究の成果は私達にとても大きなものをもたらしてくれました。医師の糖尿病に対する見識を変えたのです。今日では肥満やインスリン抵抗性、血中インスリン濃度の低さが2型糖尿病のリスク因子であることは誰でも知っていますが、これもピマの研究で分かりました。1970年代終りから80年代にかけて、WHO;世界保健機関(国連)が初めて糖尿病の診断基準を定めた時もピマのデータが元になっています。
NIDDKはピマの人を対象に1983年から25年間にわたって2型糖尿病の遺伝子を調べていますが、不思議なことに「これだ!」というものは見つかっていません。
現在、2型糖尿病の原因遺伝子はPPAR(G)、KCNJ11、TCF7L2の3つが報告されていて、さらに糖尿病危険因子としての遺伝子が10ほど候補に挙っています。ところがいずれもピマになぜこれ程2型糖尿病が多いかを明らかに出来ないのです。糖尿病にはMODYと言って単一遺伝子の異常によって起こるものが~3%はあるのですが、ほとんどの2型糖尿病は多くの遺伝子と環境(年齢、食生活、肥満、運動不足、ストレスetc)が組合わさって起きると考えられています。
2型糖尿病に関連すると見られる遺伝子は、一つひとつの影響力はそれ程大きなものではありません。その相互の干渉も未知の分野です。
ピマの研究から次の様な物が糖尿病の環境因子として考えられています。
- 高脂肪食
- 肥満
- 運動不足
- 胎児の時に母体の高血糖にさらされる
- 低体重児(<2500g)あるいは巨大児(>4500g)出産
- 人工ミルク授乳
特にピマの女性に妊娠前に糖尿病が見られるので、子供の糖尿病発症への悪循環が指摘されています。
2型糖尿病の遺伝子は、メンデルの法則のような規則的なパターンがあるものではありません。一つひとつは作用の弱いたくさんの遺伝子が複雑に関与しています。そしてなによりも環境要因に強く支配されています。
食料が無い時に備えて、体に大量の脂肪を蓄える能力、食料が無い時でも脳の維持や体の瞬発力のために血糖を高めている能力(インスリン抵抗性)はヒトの生存に欠かせないものです。これらを倹約遺伝子と呼ぶ仮説があります。でも飽食とデスクワークの時代にはマイナスになってしまいました。メタボから糖尿病への近道です。
私がピマ インディアンのことを一度は書いておこうと思ったのは、倹約遺伝子の話のついでに、「手厚い生活保護のお陰で飽食のピマが2型糖尿病になる」という記事を読んだことでした。
ピマの悲劇は開発のために農作物のかんがい用水の水利を奪われたことから始まります。
私が小学生の頃、少年朝日年鑑にフーバーダムのような巨大ダムの記事がよく載ったものです。まさしくその頃、ピマの人達がかんがい用水に使っていたソルトリバーやヒーラ河の上流にルーズベルト湖やアパッチ湖のような巨大ダムが築かれ、伝統農業が出来なくなっていたのです。
第2次世界大戦中(1940-1944)はピマの若者は兵役にとられて初めて白人社会と接しました。残った人達もインディアン居住区から離れて軍需景気に沸く工場務めに出ました。戦後に村に戻っても元の質素な生活には戻れません。そこに余剰物品の油脂、小麦、肉、加工食品が山のように支給されました。生活習慣が劇的に変ってしまったのです。
ピマの糖尿病を抑えるために、伝統的な食生活を守ろうという運動はかねてから行われています。2005年、やっとかんがい用水を再び手に入れました。ピマの伝統食に戻ろうという活動が始まっていますが、日本人だって第2次世界大戦前の食事に戻ることなど不可能ですから容易なことではありません。
ところで、第2次世界大戦の激戦地"硫黄島"で、日本軍を破ったアメリカ海兵隊員6人がスリバチ山の頂上に星条旗を立てている有名な写真や彫像(ワシントンDC)をご記憶でしょうか?あの中の一人にピマのIra H.Hayesがいました。彼の軍歴を見ると"米国市民"ではなく"インディアン居留地"からの移入になっています。
この60年前の差別と、バラク オバマが大統領候補になる今日との落差が世界に糖尿病をまん延させています。かつては生存に必要な資質であった"倹約遺伝子"は昔はむしろ"長寿遺伝子"、"健康遺伝子"だったはずです。
ですから2型糖尿病の家系の人は、"悪い遺伝子"を引き継いだと考えるのではなく、前述のピマ研究で判明した糖尿病を招く環境因子の警告を子から孫へと伝えていくべきだと考えています。そのためには糖尿病ライフを歩んでいる私達がコントロールの手本を見せなければなりません。
2008/08/31 河合勝幸
